コラムニスト 黒部エリがニューヨークからお届けします。Blog by Eri Kurobe


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イアン・マッケランのリア王

しばらく前のことになりますが、イアン・マッケラン主演の「リア王」をブルックリン・アカデミー・オブ・ミュージックで観てきました。

サー・イアン・マッケランといえば、そう、「ロード・オブ・ザ・リング」や「Xメン」でおなじみの名優ですね。

わたしは学生時代にシェイクスピア・シアターという劇団に入っていたので、「リア王」は何度か観ているんですが、若いときは観ても「ふーん」という感じであったよね。

「ふーん、これを名作というのだろうなあ」みたいな他人事だったんですよ。

ところがこの年になって観ると違うね。
ひしひしと身近な問題として考えされられてしまいますわ。

ひらたくいえば、このリア王という戯曲、「老人問題」の物語ともいえる。

偉かった王さまが、おべんちゃらをいう姉娘二人に家作を与えてしまって、おせじがいえない末娘をおっぽりだしてしまう。

ところがじいちゃん、偉かった時の意識のままで、自分が引退したとは思っていない。
わがまま放題なもんだから、冷血な姉娘二人が同居をいやがって、ついに徘徊老人に。

で、じいちゃんはどんどん狂気(というか、どう見てもアルツハイマー)に陥っていってしまい、末娘が迎えに来たときは時既に遅く、結局のところみんなが不幸のどん底になりましたとさ。

という、ものすごい機能不全な家族の物語なのである。
もう気持ちまっ暗ですよ。

↓こんなに立派だったパパンが
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↓ついにはこんな徘徊老人に! ああ、悲惨!
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とにかくイアン・マッケランが狂気に陥るさまが、すごい。というか、本当にアルツに見えて、やばすぎる。

だって舞台でべろんちょ、と裸になるんですぜ。
正確には上着をもちあげ、パンツをずりさげ、ちょうどあそこだけすっぽんぽんになるんですね。

ええ、アレがもろ見えです。最前列のひとはキョーレツだったでしょうね。目の前でぶらぶらしているんだから。

いやー、たまげた、驚いた。あんなリア王観たことないです。

あまりに真に迫る要介護老人ぶりに、思わずヘルパーさんを呼ぼうかと思ったくらいです。

えー、余談になりますが、マッケラン氏のアレはデカくて、
「さすがはサー!」
というサイズでございました。
いやあ、騎士ともなると、そこらの平民とはスケールが違います。

イアン・マッケランといえばゲイを公言している人で、ゲイ人権の活動家としても高名ですが、きっとその世界でモテモテでしょう。

と、いらんところでつい感心してしまいましたが、本題に戻りまして、おかげで「この芝居ってもろに老人問題だったんだなー」と痛感しましたよね。

だって現実にいくらでもありそうだもん。

「あそこのおじいちゃんもむかしは偉かったのにねえ、認知症が進んで、たいへんみたいよー」
「娘さんのところ、たらいまわしなんでしょ?」
「そうよー。こないだなんて、雨の日に徘徊してたんだから。おじいちゃんったら、道で服脱いじゃって、たーいへん」
「あーあ、年取るって悲しいわよねえ」

みたいな感じ。
いや、高尚なシェイクスピアの芝居なのに、思いっきり庶民的かつ現実的に鑑賞してしまって、すいません。

でもマジな話、シェイクスピアの芝居を、これほど身近に感じたことはなかったですよ。

なんたってわたしや周囲はちょうどその問題にぶつかる世代ですから、もはや他人事の名作じゃない。
むしろ「いま、ここにある危機」というタイトルの芝居にして欲しかったくらいです。

観客の年齢層はかなり高かったんですが、みなさん胸のうちで思うところがあったでしょうねえ。
悲しい、悲しすぎる。

もしやシェイクスピア翁、500年前に既に今日の老人問題を予期していたのでしょうか?
さすが劇聖。名作とは、時代を超えるものです。
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by erizo_1 | 2007-11-06 20:34 | エンタメの殿堂