コラムニスト 黒部エリがニューヨークからお届けします。Blog by Eri Kurobe


by erizo_1
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2010年 01月 24日 ( 1 )

NY私の会」のパネル・ディスカッションに行ってきました。

まず我謝京子さんが監督した映画「Mother’s way Daughter’s choice 母の道 娘の選択」の予告編を上映。

我謝さんはロイターに勤務する傍ら、インディペンデントにドキュメンタリー映画を撮り始めて5年かけて制作したそう。
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第22回東京国際女性映画祭でも上映されたそうです。

こちらのimdbのサイトで予告編が観られますよ。

予告編が始まったとたんに、ミステリオの寺尾のぞみさんやNY de Volunteerの日野紀子さんなど、存じ上げている方たちが出てきて、思わず目が釘付けに。

日本で生まれ育ちながら、日本を飛びだして、海外での人生を築くようになった女性たち。

家庭を守る良妻賢母であった母親の世代と、自分らしい生き方を選んできた娘たちの世代。

「日本では窮屈で息ができなかった」
「日本では幸せのシナリオがひとつしかなかった」

こうした言葉の数々はどれも痛いくらいよくわかる。
そして思わず膝ポンしたのが、我謝さんが次のように語っていたコメント。

「日本にいると、自分を殺すから苦しいんだよね。
じゃあ、アメリカに来て自分をバーンと出せるかっていうと、そうでもなくて、
周りがバンバン自分を出すから、
意外とそこで日本人になっちゃって、引くのよね」

ある、ある、ある!
もう「あるある」ボタンを押したかったですよ。

海外に自分の意志で来て長年住んでいる人たちは、ほとんど同じことを感じているのではなかろうか。

この「日本にいる時に窮屈な思いをした」というのが、はたして男性も感じるものかどうかはわからない。

でも30代後半以上の女性で、海外在住のひとたちはこの感じを確実に知っているでしょうね。

今どきだったら女の子のほうが楽しくて、のびのびと好き勝手できて、多くの草食男子たちは「オンナは得だよな」と不満に感じているかもしれないね。

でもわたしの若い時はそんなじゃなかったです。

家事をすべてこなすのは女性の役目である」
とか
お茶を出すのも仕事としてにこやかにこなせるのが、できる女性である」
とか
「男は遊んでもいいが、女性は清純でいるべきだ」
とか
セクハラや冗談をいわれた時に、軽く流せるのが大人の女である」
とか
「女性は掌の上で男を遊ばせる器量がなくてはいけない」
とか
「女性は男をたてるべきだ」
とか、どうでもいいようなことがまことしやかにいわれていたのだ。

じつにくだらない

つまり寛容さにおいてはイヨーに成熟した年寄りくさい女性が、なおかつ清純なフリして男をたて、男に従うというのが社会的に正しいとされていたんだね。

そんなおもしろくもない人生を歩むくらいなら、一生独身でけっこうと思ったよね。

いやいや、それどころか朝まで生テレビで「妻を働かせる男は甲斐性がない」と堂々と当時の識者がいっていたんだよ。


ファック・ユー! である。


中指突きたてて、くそ野郎といってやりたい。

わたしの人生選択において、これは正しかったと満足できるのは、くそオヤジたちに茶を出さないで済んだことである。

わたし自身はライターになってから、編集部のおじさんたちにイヤな思いをさせられたことは一度もなく、おもしろいひとたちと仕事をしてこられて、本当によかったと思っている。

仕事の上で「女性だから」損をしたことはないし、差別されたこともない。
わたしは仕事での師匠もすばらしい男性で、恵まれていたと思う。

でも社会全体を覆う、その良識みたいなものは息苦しかった。

真綿でじわじわと締めつけられる感覚。
わかります?

だって当時は上記のようなことがフツーに良識とされていたんだよ?
やってらんないでしょ、それ。

だからこの映画のなかでコメントしている女性たちの意見がすごくよくわかるのだ。

海外に出てみれば日本文化のすばらしさがよくわかる。
日本の文化は世界でも類を見ないほど、高度に洗練されている。

わたし自身はとても日本の文化を愛しているし、帰国するたびになんてきれいで、食べものがおいしくて、人々が丁寧な国だろうと感心する。

でもかつてのジェンダー意識のなかで日本に暮らすのは、死ぬほど窮屈だった。
あのまま暮らしていたら、確実に精神の病で壊れていたと思う。

もちろんそのジェンダー観や結婚観にあうひとだったら、なんら問題はないのだ。
でもわたしには合わなかった。

だから飛びだしてよかったし、まったく後悔はないですね。

NYに住みはじめて5ヶ月で911の同時多発テロに遭遇したという我謝さん。
その時に知ったのが、いろんな人との出会いだったとか。

「NYではいい意味でお節介なひとたちがたくさんいる。
血のつながりがない他人が助け合おうとする、そうした人たちとのつながりが、NYで得たものです」

この映画をさまざまなところで上映していくのが、我謝さんにとっては目下の目標。
そして今後もドキュメンタリー映画を撮っていきたいという。

「日本を出てわかった見直したと、NYで得たダイナミックな自分日本文化のよさを合わせて、どんな新しいものが生まれてくるのか、これからの課題です」

非常に共感です!
話を聞いているだけでポジティブなパワーをもらえる我謝さんでした。

この「母の道 娘の選択」は、4月にNYのインディペンデント映画祭で公開されるらしいので、とても楽しみです。

伊藤操さんのお話は次回に続きます。


追加)上記記事についてちょっと補足をしておきます

ある共同体にいて息苦しさがあったとして、じゃあ外に出ればなんでも解決するのかといったら、そんなことはないと思うのですね。

わたしの場合でいえば、当時の大人たちがいうジェンダーの常識が一歩外に出てみたら、決してスタンダードじゃないんだというのに気づけたのが、貴重な体験でした。

なによりもまず「合わせられない自分が失格なのだ」という意識が払拭されたのが大きかった。

そしていったん払拭してみれば、どこにいても自分が自分らしく生きられるものなんだと思います。

ある共同体における常識は、違う共同体では必ずしも常識ではない。
それを実感するには、一度外に出てみるのはたしかに有効。

旅行や短期留学でまったくかまわない。
外に出なくてもわかる賢い人もいるだろうし、そのまま外に留まるか、あるいは戻るかという選択もまた別問題でしょう。

でもいったん頭の枠を外してみるという作業はとても大切。
若いうちにやってソンはないですよ!


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by erizo_1 | 2010-01-24 16:33 | カルチャーの夕べ