コラムニスト 黒部エリがニューヨークからお届けします。Blog by Eri Kurobe


by erizo_1
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

<   2007年 04月 ( 4 )   > この月の画像一覧

アンアン 4月25日発売号 特集「短気決戦ダイエット」にて、コメントをしています。
内容はアメリカのセレブの痩せ事情について。

ふだんは記事を書く仕事で、コメントというのは非常にめずらしいので、アップしてみました。

コメントじたいは非常に短くなっていますが、このネタについては、雑誌ではあまり出せないようなディープかつ、やばい問題も含んでいるので、あらためてこのブログにて、お話しようじゃありませんか!

え、わたしですか?
とっくにダイエット放棄しています(泣)
いや、エクササイズもしているし、揚げ物も食べないんですけどね、とにかく新陳代謝の衰えを感じる今日このごろ。

もしやメタボ症候群?
いや、それどころか新陳代謝していない疑いもあるぞ(それじゃ死体だって!)

もはやおれには老人食しか許されないのか。
うわーん。

というわけで、本やさんで見かけたら、よろしくです!
[PR]
by erizo_1 | 2007-04-26 14:08 | エリぞうのお仕事
邦題は「善き人のためのソナタ」
英語版は「Lives of Others」で公開されました。

アカデミー賞外国語映画賞をゲットした、泣かせ映画の決定版です。

きちんとツボを押さえて泣かせるようにつくってありますから、泣けますよ、まじ。
わたしはラストでダダ泣きでした。

舞台背景は、ベルリンの壁が崩壊する5年前の旧東ドイツ。
秘密警察シュタージのゲルドは、上司の命令により、劇作家ドライマンと恋人の女優クリスタのアパートメントを盗聴することに。
上司の出世のために、ドライマンが反体制主義者である証拠をつかむようにと指示されるのですが……。

静かな演出で、だんだんと盛り上げていく構成。
わたしはドラマツルギーのお手本のような脚本だと思いました。

主人公である盗聴者のゲルドは、頭から最後までキャラクターに一貫性があって、「私利私欲のない」「生真面目な」人物として描かれています。

で、この国家に対して忠実な人物が、あるきっかけで、がらりと生き方が変わり、映画の始めと終わりではまったく違う人生を歩んでいる。

映画の始まりと終わりで、主人公の生き様が変わっているのをドラマツルギーと呼ぶのであって、主人公になんら変化がなければ、それはドラマと呼ばないのだよね。

ええと、以下けっこうネタばれが含まれているので、お気をつけて。なるべく知りたくない方は、ここで引き返してくださいね。

さて盗聴される側の劇作家とその恋人はどうかといえば、これがうらやましくなるような暮らしぶり。
だってふつうのカップルの会話を盗聴するとしたら、
「あ、歯磨き粉が切れてる」とか
「ちょっとー。脱いだ靴下、そこらへんにおいとかないでよ」とか
「やべー。洗濯ものがたまってんなー」とか。
「きょうのおかず、なに?」
みたいな、どうでもいい会話がほとんどになるはずで、盗聴しているほうも嫌気がさすと思うんですよ。

ところがこの劇作家と女優のカップルは芸術について語り、思想について語り、愛について語り、ピアノを弾くという、じつに高尚なふたりで、彼は深い愛で女優を包んでいるのですね。
こんな知的でりっぱでいい男がいるのか、とふしぎになるほど、理想的な男性です。
もういつ盗聴盗撮されても恥ずかしいことがないくらい、すばらしい。ニックとジェシカにも見習って欲しかったものです。

いっぽう盗聴者であるゲルドのほうは、職務には忠実で有能ながら、孤独な暮らしをしています。
いつも同じ服を着こんで、殺風景でなにもないアパートメントにひとり暮らしをしていて、家族もいなければ、恋人もいない。ときどき娼婦を呼んで、性欲を解消するだけ。

食事がまた東ドイツらしいというか、すごく貧しいんですよ。ゲルドは職員食堂では豆のスープを食べ、マッシュポテトにケチャップをかけただけの夕飯ですませていて、じつに味気ない。

そうした潤いのない生活をしている人物が、真摯に思想や芸術について語り、友情に恵まれ、深い絆で結ばれたカップルの暮らしを盗聴しているうちに、心がゆれうごいていくわけですね。

ここで「他人の幸福に嫉妬してハラスメントする」としたら、ホラー映画になるところですが、この映画では、ゲルドの魂にある善きものに光を当てていきます

このゲルド役の役者さんがすばらしい。
感情を抑えた演技をしながら、だんだんと心が揺れ、そして重大な決意をしていく、その心の揺れが、沈着冷静な殻を破って現れてしまうのを、じつによく表現しているんですよ。

この世には必ずしも報われない「善きひと」が多く存在するものですが、この映画のエンディングは、そうした善きひとたちに対する温かな励ましになっているのではないでしょうか。

そしてまた芸術というものに対する、いまどきめずらしいポジティブな回答になっています。

美しいピアノの曲がだれかの人生を変えることもある。
芸術というのは、本来ひとの魂の善き部分に訴えかけるものなのではないか、ということを思い出させてくれます。

最後のセリフがまた美しい。
とても簡単なことばにこめられた万感の想い。
心にのこる締めのセリフをぜひ聴いてみてください。

心にしみる度 ★★★★★
[PR]
by erizo_1 | 2007-04-24 16:59 | エンタメの殿堂
寿司やすだ
ご存じザガットで高得点に輝くマンハッタンの有名店です。

なんとお友だちのリエコさんにおごってもらったのでした。
うひゃー! もったいのうございますーう。

しかもリエコさんが予約してくれたおかげで、安田さんの目の前のカウンターよ。
うふ。

さてお味はどうかといえば、スーパードゥーパーに旨かったっす。
噂には聞いていたけど、おいしい!

ネタにはつめを塗る、鮨飯もしっかり味をつけているといった仕事をしていて、基本的にお醤油につけなくても、おいしく食べられる味つけ。
正しく江戸前のお鮨でした。

ちゃんとネタがネタとして立っている、という感じの味わいです。

近海ものの鮨ネタをうまく取り入れているのも特徴で、ホワイト・キングサーモンや、ニジマスといっためずらしいネタが非常においしかったです。

もともと江戸前という呼び方は、東京湾で取れた魚介類を使うという意味ですから、ニューヨーク近辺で取れた魚をネタにするのは、じつは非常に正しい江戸前鮨の姿勢といえるんじゃないでしょうか。

そしてウニが驚異的にうまし。磯くささゼロ。あり得ないうまさで、まさに「いい仕事」という味でございました。じゅるー。ああ、幸せ。

さて店内を見わたしてみると、客のほとんどがアメリカ人ビジネスマン。
味はまったく日本人むけの江戸前鮨なのに、ビジネスとしてはネイティブがメインであるところが、鮨文化がいかに普及しているかを感じさせますね。

ところで驚いたのは、カウンターにアメリカ人のお父さんと息子が座っていたこと。
少年のほうは8歳くらいだろうか。ぱくぱく食べていました。

すごいね、小学生のときからカウンターに座っちゃうんだ。
いやあ、金持ち父さんでうらやましいっす。

わたしが子どもの頃の慣習でいうと、お鮨やさんというのは子どもの行くところではなかった。
そもそもお子さんといえば、おうちで作る錦糸卵のちらし寿司が定番だったのである。

ことに鮨やのカウンターといえば、ツウなおじさんの専用席で、婦女子は座れる雰囲気ではなかったのだ。

いまでは女子や若者がカウンターにためらいなく座ることができるようになって、喜ばしいかぎりだけど、昼間から小学生が座っているというのも、すごいよね。

アメリカンキッズも(金持ち限定で)小さいときから本物の鮨の味を知っていくわけだ。

ああいう子たちは将来「キャナイハブ・ア・シンコ?」(握り二個で一貫のときは、シンコーズと複数形になるのか?)とか「アガリ・プリーズ」とかいうようになるんでしょうか。

いかにもマンハッタンらしい光景だなと思ったエリぞうでした。
[PR]
by erizo_1 | 2007-04-15 13:37 | NYのレストラン
c0050387_13304464.jpg


マリ・クレール 2007年5月号で、NYコレクションの速報レポートを担当しました。

さて07年秋冬のNYコレクションですが、ほとんどブラック中心でひたすらダークでした。
その暗さを補うように、バーント・メタリック(灼けた金属系の色調)や、ラメなどの光りものでスパークリング感を出しているブランドが多かったです。

カットはとてもクリーンになってきていましたね。
シルエットは、丸みを帯びて動きやすそうなコクーン型と、リーンで縦長のシルエットのふたつが主流。
肩パッドをいれたジャケットに、スリムなパンツやスカートがひさびさに復活していました。

わたしが個人的に、非常に今回よかったと感じたのが、まずプロエンザ・スクーラー。
ハードなイメージと、ラグジュリアスでフェミナンなイメージをミックスさせ、異素材の組みあわせ方も新鮮。
とても旬な魅力のあるコレクションに仕上がっていました。

もちろんコレクションラインは高価なので、買うひとは限定されているはず。
でもターゲットとのコラボでは、超リーズナブルなお値打ちラインアップを出していて、こちらは買い。
わたしもさっそくトップスを買いました。
5月まで展開していますから、NY旅行に来るかたはぜひどうぞ。

それから目を奪ったのが、3.1フィリップ・リム。
これがもうかわいいのよ、本当にかわいい。
どのルックを見てもかわいくて、まさに今の気分をうまく掬いあげている感じ。
これは売れるだろうなあ、とランウェイを観ながら、感心することしきり。
フィリップたんはNY若手デザイナーのなかで、どーん! といくんじゃないでしょうか。

それから美しかったのが、フランシスコ・コスタのカルバン・クライン。
グレーのパレットで構築的で完成されたデザインを展開して、ひとびとがカルバン・クラインに望むものをまさに形にしてくれた感じ。

そして毎回あっと驚くようなアイデアを見せてくれるのが、御大マーク・ジェイコブス。
演出も含めて、彼の場合はアーティストですね。

前回のコレクションのときは、軽やかでエアリーな服を重ねて、フリースピリッツと夢見る世界を見せてくれたマーク。

湖の上を緑の小径にみたてたランウェイを歩いていくという道具仕立ても、パッヘルベルのカノンの調べも美しく、じつはわたしは感動のあまり、涙ぐんでしまったほどだったのでした。
ランウェイを観て涙ぐんでいるっていうのも、へんなやつですが(笑)

今回は幕がひらくと、活人画のようにモデルが並んでいるという趣向。
これまでの流れとはまったく違う、ぐっとマチュアでエレガントな路線になっていて、60年代のイブ・サンローランを思わせるパンタロン・スーツや細身のドレスが登場。きっちりしたレディライクなスタイルでした。

それでも襟だけ大きくデフォルメするとか、色使いが個性的なところが、ポップアートな感覚で、マークらしいところ。

というわけで、またまたおもしろくなりそうな秋冬シーズン
詳しいトレンド解説はぜひ本誌をご覧ください。
[PR]
by erizo_1 | 2007-04-04 13:32 | エリぞうのお仕事