ダークファンタジーの傑作 パンズ・ラビリンス
2007年 01月 23日
ダークファンタジーの傑作です。
わたしにとっては大ヒットのベスト・ムービーでした。
ニューヨークでカルト・ヒットとなっているのが、「Pan’s Labyrinthパンズ・ラビリンス」
ダークなファンタジーという、わたし的にはドンズバで好みのジャンル。
アリス好き、ジム・ヘンソンの「ダーク・クリスタル」好き、ジャン・ピエール・ジュネ好き、寺山修司好き、「ラビリンス魔王の迷宮」(デビッド・ボウイが魔王役で出た世紀の失敗作といわれる映画)好きのわたしとしては、心のツボを押されまくりです。
話の舞台は1944年、フランコ政権下のスペイン。
父親を内乱で失った娘、11歳のオフィーリアが主人公です。
未亡人となった母がフランコ側の司令官ヴィダルの子をみごもって結婚することになったため、オフィーリアと母親は、ヴィダルのいる山間の軍事基地に移り住むことに。
ファシスト軍は山間部にひそむ反乱軍を叩きつぶすために、山のなかにある古い製粉所を改造して、軍事基地にしているわけです。
そこでオフィーリアが出会ったのは、ふしぎな妖精と、妖精がみちびいてくれた古代のラビリンス。
そこにはフォウン(牧神)がいて、オフィーリアに妖精界に行くために必要な試練を与えるのでした。
はたしてオフィーリアはフォウンの出す課題をクリアできるのか?
こう書くと、もろに「不思議の国のアリス」なファンタジーなのですが(劇中でも青い服に白いエプロンというアリスなコスチュームでオフィーリアが登場)、これに現実世界であるフランコ側と革命軍との闘争が描かれて、ファンタジーと現実の行き来がみごとなんですね。
で、このヴィダルという軍人が強力な父権主義であり、マッチョイズムの権化のような男で、恐ろしい現実の象徴となっています。
そして疑わしき村人は容赦なく殺し、敵を惨殺し、捕虜を拷問するというサディスト。
正直いって正視に耐えない場面が多々あります。
なまじSFXが発達しているために、グロいことおびただしい。
さらにファンタジー部分も暗い色調で進み、妖精もちっともかわいらしくなければ、フォウンも不気味。
さすがスペイン語圏の監督さんというべきか、全体のイメージがゴヤのダークな版画、ロス・カプリシャスや、「わが子を食らうサトゥルヌス」のように陰惨な絵を彷彿とさせます。
なかでも上の写真のモンスターは出色のすばらしい出来映え。
きもいぞ!
ファンタジー映画といっても決して「ハリポタ」や「ナルニア」みたいな子ども向けではないので、間違ってもお子さんは連れて行かないでください。メルヘンを期待して観に行くと、トラウマになりますぜ。
おかげで見終わったあと、隣に座っていた若い女性はそうとうにやられたようで、
「こんな映画だとはちっとも想像していなかった、目を覆ってしまって観られないシーンが多かったわ」
とぼやいていたし、いっぽう白髪の老婦人は、
「でも実際のフランコたちはもっとひどいことをしたのよ、現実の残酷さを描いてこそ意義があるのよ、すばらしい映画だわ」
と鼻息が荒かったのも印象的でした。さすがニューヨーク。おばあちゃん、たくましいです。
わたし個人としては娯楽映画における表現の残酷さと、現実のいやおうなく目にする残酷さはちょっと違うのではないかと思うので、映像表現のエスカレートは勘弁して欲しいほう。
しかしながらここでは執拗な残酷描写のせいで、ファンタジーとの対比をする効果を生んでいるので、この映画の場合は(嬉しくないながら)賛成ですね。
物語はオフェーリアのファンタジー世界と、ファシストと反乱軍との戦いが並行して描かれ、美しさとグロテスクさと悲しみと愛がからみあいながら、クライマックスへとなだれこみます。そこに待っているのは、衝撃的なラスト。
もの悲しい旋律の主題曲も美しく、涙が止まりませんでした。
さて監督のギレルモ・デル・トロは「ヘルボーイ」と「ブレード2」で知られているひと。
オタ汁満載ですが、じつは両作品とも、わたしの大好きな俳優、ロン・パールマンが出演しているんだぜ。
ロンパーといえば、そう「薔薇の名前」や「ロストチルドレン」「エイリアン4」の驚異のサル顔役者ですね。
デル・トロたんは当時53歳という、バイプレイヤーのロンパーをブロックバスター系アクション映画の主役に据えたという大英断のひとなのだ。偉い!
さらに両作品とも、わたしが大絶賛しているカレル・ローデンという、恐ろしくマイナーなチェコの役者を起用しているんだぜ。ワンダホー!
カレルたんは「ヘルボーイ」ではラスプーチン役なんだぜ、わははは、チープな設定だぜ。
わたしが偏愛している役者ふたりを起用してくれるなんて(涙)すばらしい、デル・トロたんラヴ! デル・トロたん万歳!
あなたとはものすごく趣味があうことよ!(←迷惑だって)
公式サイトにはデル・トロ監督によるスケッチが載っていますが、これもみごと。
この映画を観たあと、ひさしぶりに懐かしい感情を味わいました。
それは余韻というもの。
むかしは映画を見終わったあとで、あれからあの人たちはどうしたのだろうと考えたりしたものですが、最近はとんとその感覚がなかったんですね。
今どきの映画というのは観ている間はエキサイトしても終わればそこで終わってしまって、それっきり。
けれど、この「パンズ・ラビリンス」のあとでは、悲しみが残り、いつまでも余韻となって残るんですよ。
人間はいやおうなく現実の世界の力関係に巻き込まれ、弱いものは強いものに叩きつぶされていく。
けれども弱い存在がもつことのできる、魂の美しさこそ、この世の救いではないでしょうか。
見終わって幸福になれる映画でも元気になれる映画でもありません。
たいへん悲しい映画です。
けれども悲しみの底に光る、美しく透明なものを、ぜひ味わってみてください。
ダークなアリス度 ★★★★★